徳丸北野神社 御由緒 アクセス

徳丸北野神社(とくまるきたのじんじゃ)

徳丸天神

 

御祭神 :   正一位太政大臣 菅原朝臣道真公

 

御鎮座 :   長徳元年(995年)正月11日

 

鎮座地 :  東京都板橋区徳丸6-34-3 

 

電話   :  03-3932-0668

 

氏子組織 : 徳丸北野神社天神講

 

御由緒 

当社が所蔵する社宝『天神宮紀』によれば、一條院正暦年中(990~994)に、この地に疫病が流行し、里人等大勢の者がこの病により暴死した。

この時、里人の一人徳麿(とくまろ)の夢に大神様が現れ、当地にある梅の古木に祈願するようお告げがあった。お告げの通り梅下により、疫病の癒えん事を謹拝して去った所、奇妙な効果(霊験)が得られ疫病はことごとく去って行った。

そこで、梅はまさしく聖廟天神の珍愛されたことから、山城国(京都)北野天満宮より御分霊を戴き、当地に祠を設けて、天満宮と号した。

第66代一條院長徳元年乙羊(995)正月11日御幣帛を捧げ、大前に田夫の業を以て俳優(わざおぎ)となし、神威を安んじ奉った。この田夫の業とは、今の国重要無形民俗文化財「田遊び神事」の事で創建以来一年も休まず続けられている。

 

以降、1,000年以上この地に鎮座し徳丸郷の氏神(徳丸・高島平、新河岸地区)として、合格学問成就・邪気祓・病気平癒の守護神として広く崇敬を集めている。

 

また、当地の「徳丸」という名称は、古老曰く、「里人の一人徳麿(とくまろ)から戴いたものである。」と伝わっている。

古くは天神社、天満宮の社号であったが、明治6年から北野神社と改号された。

 

なお、当社の国重要無形民俗文化財「田遊び神事」は、近年板橋区と区民が制定した「板橋十景」にも指定されている。 

 

徳丸の地は非常に古く、かつては16の小字(徳丸ではこれを洞という)があった。この洞(ホラ)の代表者が、代々「田遊び」又「神社の諸祭儀」に奉仕してきた。

また洞の制度は、現在も生きていて、各洞では、持ち回りで、天神像を掲げて行う「天神講」や、「庚申待ち」を催す風習が残っている。

因みに、この洞(ホラ)という共同体の制度は、現在の町会へと移行している。 

 

※アクセス※

 

① 池袋より東武東上線準急・特急乗車(約10分)、成増駅下車。国際興業バス赤羽行き乗車、紅梅小学校前下車。徒歩5分。

 

② 池袋より東武東上線普通乗車(約15分~20分)、東武練馬駅下車。国際興業バス徳丸循環乗車、北野神社前下車。徒歩1分。

 

※駐車場あり (区立郷土芸能伝承館に隣接していますが、すべて北野神社の参拝者駐車場です。)